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ジャンビー

ジャンビー
ジャンビー
ハービーハンコックの曲がいいんです。

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黒柳さんファミリーの写真と
そのなかのジャンビーとタカユキさんの写真。


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ジャンビーは小学校の卒業式の日にお母さんを亡くしました。
それまで真面目にキリスト教を信じて、お祈りもしてきたのに、
母の死を通してキリスト教にたいして「なぜ?」という疑問というか、怒りが芽生えたそうです。
お母さんの妹さんであるジャネットさんの嫁がれた、黒柳一家と一緒に暮らすようになりました。
黒柳さんご一家は、本門佛立宗を信仰されています。
ジャンビーは初めは「本門佛立宗のご信心をすれば家族ともっと繋がれる」と思って入信を決めたそうです。
しかし、ご信心をさせていただくうちに、学校でたくさん友達ができたり
母の死に対する憤りもなくなり、
本門佛立宗の素晴らしさを実感したそうです。

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私は岡山から母と二人で埼玉へでてきて、
しばらく叔母の家に住まわせてもらっていました。
母は朝早くから夜遅くまで働き、
顔を会わせる時間は少いものだったように思います。
叔母の一家は私のことをとても大切にしてくれましたが、
子供ながらに気を遣いましたし、遠慮もありました。
お菓子一つもらうのでも、自分からは言えなかったと記憶しています。
それは叔母の一家がどうとかではなく、
どんなに幼い子供でも自分の環境が分かるし、気を遣うということです。


私はジャンビーのように辛い経験はしていませんが、
親戚とはいえ、入信のきっかけとなった当初の動機もよくわかります。
しかし、結果としてジャンビーが幸せを実感し、本物の信仰に出会ったことはありがたいと思いました。

これからもジャンビーにしかわからない気持ちや悩みがあるでしょう。
でもでも、このご信心があるから大丈夫だと私ははっきり言えます。
ジャンビーの未来は明るいものだし、
お互いに逆境や困難もご利益で乗り越えて、また笑顔で会えると思うと楽しみです。

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コメント

ボブさん、フィリピンでは素敵な経験をたくさんされたみたいですね。今回、私は参加できませんでしたからとても残念でした。

私がフィリピンへ行き、ジャンビーと会った時、私は英語が話せないのでジャンビーとほとんど話すことができませんでした。ですから、ジャンビーがお母様を亡くされ、今までどのように暮らし、どんなことを考えていたのかは分かりませんでした。でも、いろんな事をがまんしてきっとさみしい時もたくさんあったのだろうと私なりに感じました。滞在中、一緒にいる時間が長くなるにつれて、仲良しになりゲームをしたりみんなでふざけてみたり、手をつないだり。亡くなったお母様と私の歳が近いので『マミー』と呼んでくれたりしました。なので日本に帰るお別れの時は涙が止まりませんでした。


これからのジャンビーの人生はご信心のある人生。楽しみです。ジャンビーの笑顔が浮かびます。そして、とても暖かく、ジャンビーにご信心を伝えられた黒柳さんご夫婦、ゆかちゃんとご一緒にフィリピンの御引通御奉公に活躍されるでしょう。

早く日本でジャンビーと会いたいです。その時はボブさん、たくさんジャンビーと遊びましょうね!

長くなりました。ごめんなさい。

投稿: あいこぱん | 2008年11月11日 (火) 22時35分

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